vol.3 【発酵文化の伝導者】オレガン愛美さん
人材の声
「発酵は、時を超えて文化をつなぐ。」
微生物の力が食材を変えるように、食を通じて人と文化もまた変わっていく。
発酵という小さな世界に宿る、大きな可能性に魅せられたひとりの女性がいます。
今回は、フランスで食品輸入会社を立ち上げ、“発酵”を軸に日本の食文化をヨーロッパへ伝えようと挑戦するオレガン愛美さんにお話を伺います。もともとはコンサル業界で働き、仕事に追われる日々の中で立ち止まり、自分の生き方を問い直したことで発酵文化の魅力に出会ったというオレガンさん。木桶醤油をはじめとする「日本ならではの発酵食品」を、フランスやヨーロッパの家庭へ届けるための取り組みや、今後の展望を語っていただきました。
【プロフィール】
オレガン 愛美(おれがん まなみ)
- フランス在住の食品輸入事業者。2019年に日本で起業し、発酵文化を海外に広める活動を開始
- 木桶を使った醤油づくりなど“本物の発酵食品”に惹かれ、海外向けPRや輸出サポート、翻訳通訳を手掛ける
- 2024年末に拠点をフランスへ移し、2025年5月に新会社の設立。日本食の魅力を伝える“発酵基地”を現地に構え、ワークショップやショールーム展開も計画している
- おいしい日本、届け隊発の「株式会社 山神 プロジェクト」に参画し、商品企画〜販売までをトータル支援
はじめに、現在のメインの活動内容を教えてください
オレガンさん(以下、オレガン)
2019年に日本で会社を立ち上げ、発酵文化を海外に広めたいという思いから、オリジナルの発酵調味料の開発・販売、発酵に関わる翻訳・通訳、そして小規模ではありますが発酵調味料の海外販売に取り組んできました。
現在はフランスに拠点を移し、現地で新たな会社を立ち上げて、日本とフランスの間で輸出入の仕組みを整える準備を進めています。中心に据えているのは、日本各地で昔ながらの製法でつくられている“本物の発酵調味料”たち。たとえば、100年以上使い込まれた木桶で1年近くかけてゆっくりと発酵・熟成される醤油は、大量生産のものとはまったく異なる味わいと香りを持っています。
こうした伝統製法の醤油や味噌、酢といった調味料は、目に見えない微生物の営みが生み出す“生きた食品”であり、まさに日本が誇る食文化そのもの。私自身、その背景にある造り手の哲学や地域の風土に強く惹かれてきました。
現在は、そうした伝統的な調味料をヨーロッパの小売店やシェフの方々に届けるとともに、現地で「使い方」や「物語」を伝えるためのワークショップや試食会ができる“発酵基地”の立ち上げも計画しています。食べることだけでなく、「知る・感じる」ことから文化が育まれる──そう信じて、ひとつひとつの食材と丁寧に向き合っています。

もともとコンサル業界にいらしたと伺いました。どのようにして発酵との出会いがあったのでしょう?
オレガン
大学まではアメリカで過ごし、結婚してフランスで過ごした後、日本に戻ってからはコンサル会社に勤めていました。でも、過密なスケジュールで心身に限界を感じ、“自分は本当は何をしたいのか”と、初めて立ち止まって考えるようになったんです。
そんな中で出会ったのが、日本の発酵食品の世界でした。
麹菌や酵母といった微生物の働きによって、素材の味が何倍にも膨らむ。
それだけでなく、発酵の工程には「自然と人の共生」や「時間をかけて育てる知恵」が詰まっていて、まさに“生きた文化”だと感じたんです。
それが、次世代にも継承していく事に貢献するために、自分が出来ることとして「これを海外に伝えたい」と心から思いました。
2019年に日本で起業してからは、まずは発酵食品を海外に届けるための下地として、発酵調味料の広報や販売に関わる翻訳通訳、現地バイヤーとの商談サポート、試験販売などに取り組みました。
特に惹かれたのが、木桶でじっくりと発酵・熟成される醤油や味噌です。
大量生産された調味料とは違い、長年にわたり営みを続けてきた蔵の中には、数えきれないほどの乳酸菌や酵母が棲みついていて、それぞれの蔵や桶が“個性ある味”を育てています。
こうした木桶仕込みの調味料は、発酵の深さや香り、コクの余韻までもが別格で、私にとってはまさに“日本の宝”だと感じる存在でした。
そこから全国各地の小さな醸造所や職人の方々を訪ね歩きました。
初めは右も左もわからないまま、英語でのパンフレット作成や展示会出展の準備を手伝ったり、ヨーロッパのレストランやセレクトショップにサンプルを届けてフィードバックをもらったり。
「どうすればこの価値を、きちんと伝えて買ってもらえるのか」を、現場の方々と一緒に悩み、考えながら、少しずつ“伝え方”と“届け方”を形にしてきました。
フランスの小売店で試験販売もされたそうですね。
オレガン
はい。フランスの小売店などで試食販売をしたとき、木桶でつくった醤油の深い香りやまろやかな味わいに驚かれるお客さまが本当に多くて。
値段は一般的な醤油の3倍近くするのに、「これだけ風味が違うなら納得」と言って購入してくださる方が多かったんです。
また、単に味だけでなく、「なぜこの醤油が特別なのか」を伝えると、さらに反応が変わるんですよね。
たとえば、「この醤油は100年以上前に作られた木桶で、職人さんが一年以上かけてじっくり熟成させていること」や、
「冬でも毎朝、職人が桶の中を撹拌して、微生物と対話するように醤油を育てていること」、
さらには「今では木桶職人自体が全国に数人しかおらず、新しい桶を作る技術も継承の危機にあること」など。
そんな話をすると、お客さまから「日本ではそんなふうに食べ物を作っているの?」「なんだか芸術みたい」と言われることもあります。
単に“おいしい”を超えて、背景の物語や人の手のぬくもりが伝わると、自然と“もっと知りたい”という関心につながるんですよね。
それがすごく嬉しくて、「ちゃんとしたものを、ちゃんとしたかたちで伝えれば、海外にもファンは必ずいる」と確信を持つことができました。

一方で、乗り越えなければならない課題や、苦労している点は何でしょうか?
オレガン
もちろん、課題はたくさんあります。でもそれは、挑戦できているという実感でもあるんです。
まず、私は食品業界の出身ではなく、専門知識も現場経験もゼロからのスタートでした。
さらに海外在住という立場上、日本のメーカーさんと継続的な信頼関係を築くのが簡単ではありません。
特に中小規模の醸造所さんは「海外展開したい気持ちはあるけれど、どう始めればいいか分からない」「本当に売れるの?」という不安を持たれています。
だからこそ、私は日本とフランスを何度も行き来しながら、小さな実績を一つずつ積み上げています。現地での試食販売や飲食店との連携などを通じて、「ちゃんと売れる」「伝わる」という手応えを証明していくしかありません。
また、輸出の実務面でもハードルは高く、輸入時の書類手続き、成分表の翻訳、有機認証など、制度やルールが国ごとに異なり複雑です。
特に初めて輸出に挑戦する生産者にとっては、どこから情報を集めていいか分からず、手探りになりがちです。私自身も独学で試行錯誤してきましたが、「制度を理解しやすく整理した情報があれば、もっと多くの方が挑戦できるのに」と感じる場面は多々あります。
「おいしい日本、届け隊」に期待することはありますか?
オレガン
たとえば、輸出ガイドラインや国際認証の制度をわかりやすく解説した資料はとても助かります。ネット上には断片的な情報はあるものの、初心者にとっては“どこを信じて進めばいいのか”が分かりづらいのが現状です。
また、私のように海外に暮らしながら、日本の食品文化を伝えたいという立場の人と、生産者をつなぐ場所があると心強いですね。現地との橋渡し役になれる人は増えてきていると思いますし、そういう方々を紹介したり、発信したりする仕組みがあれば、お互いの可能性がもっと広がるはずです。
オレガンさんご自身もコンサルから食の世界へ飛び込まれたわけですが、同じように迷う方へアドバイスをいただけますか?
オレガン
私も最初は何も分からず、業界経験もゼロでした。でもそれでも踏み出せたのは、「この文化を、世界に伝えたい」という純粋な思いがあったからです。
発酵食品って、単においしいだけじゃなくて、環境や健康にも良い。これは欧州でも求められていることで、私はそこに、ものすごい“可能性”を感じています。
海外在住であることや異業種出身であることは、むしろ強みになります。
視点が違うからこそ、気づけること、届ける相手に伝わるように意訳できることがあります。
だからこそ、農業や食文化の価値を伝えるのに、必ずしも専門家である必要はないと私は思っています。
「自分に何ができるか」を問い続けてきたからこそ、いま私は現地の人々と直接つながりながら、小さくても確かな変化を起こせている実感があります。
それはとてもやりがいのあることですし、これからもっと多くの仲間と一緒に、日本の“おいしい”を世界に届けていけたら嬉しいです。